人生カウント2.9! -山崎篤史-

プロレスが趣味の五十路突入直前薬剤師、山崎篤史が日々生きていくうえで感じたこと、考えたことを書いてます。果たして五十路に光はあたるのか!

木々から葉っぱが落ちる訳

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おはようございます。

山崎です。

 

とうとう春一番が吹いたみたいですね。

これから春に向かって一歩一歩進んで行くんでしょう。

もうすぐ春です。

だんだんと美しい葉をつけ始めるんでしょうね。

 

 

今日は職場から見ることが出来る公園の木々について思ったことをちょっと書かせていただきます。

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今の季節の樹木ってまだなんだか寂しいですね。葉っぱが全部落ちてしまっていて。。。

 

自分は葉っぱが落ちることに対して、何故か終末、老いなどを感じ取ってしまいます。これって自分に限らず皆さんもそう思ってることなんじゃないかな。。。

 

 

じゃ、なんで秋になると葉っぱが枯れて落ちてしまうんでしょう?

ちょっとあちこちの情報を調べてみました。

 

いままでなんで葉っぱが落ちるのってことに対して深く考えたことがなかったからね。いい機会だと思います。

 

本来葉っぱというものには、その植物が大きくなるために必要になる栄養を作るという役割があります。

我々もご飯が食べれないとトンデモないことになります。そういうことですね。

 

葉っぱは根から吸い上げた水と空気中の二酸化炭素を使って木に必要な栄養を作ってます。

あと、日光が必要になってくるんですけど。。。

 

これが光合成ってやつです。

 

葉っぱは通常春になると開いて初秋まで散らずに頑張ってるんですけど、この時期って気温も暖かく、日照時間も長いので光合成に適した期間になります。

 

これが秋になると気温も低下してきて、日照時間も下がってくる。そうすることで光合成をおこなうことが困難になってくる。

 

やがて緑葉体が壊れてしまい、葉の寿命が尽きてしまい結果的に葉っぱが落ちてしまうことになります。

 

こんなところでしょうか。葉っぱができて落ちていくまでのプロセスって。

 

葉っぱが落ちるってことは、葉っぱの寿命がおわったという話になるので我々はそこに哀愁を、老いを感じるんだろうと思います。

 

連想ゲーム(みんなしらないよね~)で枯れ葉なんてでたら、死とか老いとかって答えちゃうんでしょうね。

 

でもこれって植物自身にとってはどう思ってる話なんでしょうか?

 

葉っぱが枯れ落ちたって言っても、それは木の中で一部分のことなんですよね。木の幹は生き続けている。

 

葉っぱは枯れたのかもしれないんですけど、これってべつに終末を意味することでも老いを意味することでもないんです。。。本来は。

 

 

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落ち葉にも立派な役目があります。

 

落ち葉が堆積し、発酵することにより腐葉土になる。腐葉土には、土をふっくらと柔らかくし新鮮な空気や水が通りやすくなるという効果があります。

 

また土の中の微生物がふえ、それによって栄養分が作られる。

腐葉土ってふかふかしてるし、サラサラしてる。保湿効果があるし水はけが良くなるってのは触ったらすぐわかります。

 

葉っぱって自分で葉っぱを落とす事で栄養分になるって分かっていて、木自信にとって一所懸命生きていくための理にかなった行動です。

 

木々にとって葉っぱを落とすことが命を紡ぐ行為である。悲しいなんて思われるのはもしかしたら迷惑なのかもしれません。

 

もしかしたら迷惑かもって思ってる事自体が木にとっては迷惑なのかもしれません。。。(永久ループにはまりますね)

 

 

つまり僕が言いたかったのは自分の価値観だけで物事を判断するのって危険じゃないかって事。

 

自分も含めて我々って、既成概念にとらわれやすい傾向にあります。

 

すなわち「葉っぱが落ちる=悲しい事」

でも、僕のような考えだと「葉っぱが落ちる=生きる為に努力している」

と言った答えになります。

 

物事を見る角度が違うと答えが全く違うってことはよくあります。今回の話で言うならば葉っぱが落ちる事に対して「死」を感じるひともいれば「生」を感じるひともいる。

 

どっちが正しいじゃないんです。強いて言うならどっちも正しいんです。

 

ひとって十人十色なんで、当然考え方も違って当然なんです。

 

その自分と違った考えに対して拒絶するのではなく、一歩立ち止まってなぜそのような考えに至るのか?

 

相手の立場に立った考えができるようになるスキルが絶対必要になります。

 

ちょっと考えてください。

世の中の戦争の原因の大半ってなんだと思いますか?

 

 

 

 

 

それって・・・

 

 

 

 

 

宗教とイデオロギー

 

双方にお互いの主張に耳をかたむける術を知っていたら、相手を思いやるスキルをもっていたら回避できた戦争ってたくさんあったんではないかって思います。

 

これはわれわれの生活でも同じ事です。自分の主義に反することを言われた、理解できないことを言われた事に対して自分の中で勝手に判断して、そこで思考停止に陥っている。

 

その先を考えようとしない。自分と考えが違うってだけでそれを排除しようとする。

それでは、ちょっと前にある女性政治家が言ったことと同じこと。。。

 

あの時イラッとしませんでしたか?自分と違う思想、少数意見に対して全く耳を傾けようとしないあの態度。弱者を排除しようとするおこない。

 

あれって、まさに相手のことを考えていない行動であって、一側面でしか物事を判断できていないものの発言なんです。

 

我々には物事を考える能力が備わっているんです。能力が備わってるのならそれを行使するべきです。

 

相手の立場に立った考えが出来るように頑張るべきです!

 

 

追伸;そんなこと言ってますが、自分自身が全くできてません。。。