おぢさんのつぶやき|やまさきあつしの視点

うまくいかなかったこと、捨てきれない希望、日々の違和感を言葉にしています。

0円は沈黙、10円は返事。無料Xボットに惹かれた私が見た現実

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希望がなければ、試行錯誤は塩気のない料理になる

少し前から、AIや自動化、不労所得というものについて考えていました。
今回は、うまくいかなかった試行錯誤を、そのまま文章にしてみます。
成功談ではありません。手順書でもありません。

ただ、希望を持って手を伸ばし、途中で現実にぶつかり、それでもまだ完全には捨てきれていないものの記録です。
小銭稼ぎの話であり、AIとの距離感の話でもあり、結局は自分の中に残った未練の話でもあります。

0円は沈黙、10円は返事

不労所得という言葉には、どうしても抗えない響きがあります。
何もしなくてもお金が入ってくる。
寝ている間にも、誰かが何かを買ってくれる。
自分が手を動かしていない時間にも、ほんの少しだけ収益が生まれる。

そんなものは甘い。
そんな都合のいい話はない。
そう言われれば、その通りだと思います。
けれど、人は正しい言葉だけで動いているわけではありません。

正しさだけで生きていけるなら、誰も副業に夢を見ません。
誰も自動化に惹かれません。
誰も「寝ている間に稼げる」という言葉に、胸の奥をくすぐられたりしません。
私もそうでした。

もちろん、完全に何もしないでお金が湧いてくるとは思っていません。
最初から、そこまで馬鹿ではないつもりです。
不労所得と呼ばれるものの多くは、最初にかなりの労働が必要です。

仕組みを作る。
検証する。
失敗する。
直す。
また失敗する。

その泥くさい工程を抜きにして、収益だけがこちらへ転がってくるとは思っていません。
それでも私は、ずっと思っていました。
10円でもいい。自分が直接動いていない時間に、10円でも生まれる仕組みが作れたら、それは大きいのではないか。

0円と10円の間には、大きな川があります。

0円は沈黙です。
10円は返事です。

たった10円でも、世界がこちらに一度だけ反応したということです。
誰かが見た。誰かが押した。誰かが動いた。
その感覚を、私はどうしても軽く見られませんでした。

推し活の熱量と、お金の匂い

きっかけは、Twitterでした。
今でいうXです。
タイムラインを眺めていると、推し活をしている人たちがいます。
好きなアイドル、俳優、アニメ、ミュージシャン、スポーツ選手。その情報を、ファンが毎日のように投稿している。

出演情報をまとめる。
写真を貼る。
感想を書く。
作品を紹介する。
発売日を知らせる。

その熱量は、見ていてまぶしいほどでした。
そして私は、ふと思いました。
ここまで熱量を注いでいるなら、どうせなら収益化できないのか。

好きなものを紹介する。
それが誰かに届く。
誰かが商品を買う。
そこで小さな収益が生まれる。
趣味をお金に変えられたら、一石二鳥ではないか。

推し活の延長線上に、小さな不労所得の芽があるのではないか。
こう書くと、どこか浅ましく聞こえるかもしれません。
純粋な推し活に、お金の匂いを混ぜるな。そう思う人もいるでしょう。

でも、現実のタイムラインには広告が流れています。
投稿と投稿の間に、自然な顔をして広告が差し込まれる。
こちらが頼んだわけでもないのに、企業の宣伝が流れてくる。
それでプラットフォームは収益を得ている。

ならば個人が、自分の投稿を通じて商品を紹介し、そこから小銭を得ようとすることの何がそんなにおかしいのか。
X自身が広告で稼いでいるのに、個人が同じ場所で小銭を拾おうとすると急に胡散臭くなる。
そこに、少しだけ腑に落ちないものがありました。

一度だけ釣れた人間は、なかなか竿を置けない

ただ、私はコードを書けません。
自分でbotを作ることはできない。
そこで最初に頼ったのが外注でした。
ココナラなどで、Twitter botを作れる人を探したのです。

作れる人が見つかった時、私はかなり手応えを感じました。
ああ、これはいけるかもしれない。
自分では書けないコードでも、作れる人に頼めば形になる。
一度仕組みができれば、あとは自動で投稿してくれる。

そこからアフィリエイトリンクに流れれば、少額でも収益になる。
実際、その外注botでは料金を回収できました。
小銭も稼げました。
大きなお金ではありません。胸を張って副業成功と言えるような金額でもありません。

でも、私にとっては十分でした。
なぜなら、0円ではなかったからです。
自分が寝ている間にも、投稿が動く。
そこから小さな収益が発生する。

その事実だけで、「これは成立するのではないか」と思えました。
今思えば、ここで私は一度、甘い匂いを嗅いでしまったのだと思います。
大金ではない。
でも、確かにお金は発生した。

この「確かに」という感覚が厄介です。
完全な夢物語なら、人はすぐに諦められます。
けれど一度でも現実に触れてしまうと、簡単には手放せない。
釣れなかった釣り人より、一度だけ釣れた釣り人の方が厄介です。

もう一度、あの手応えを求めてしまうからです。

ルールを作る人には敵わない

ところが、その前提は少しずつ崩れていきます。
イーロン・マスクによる買収以降、Xの空気は変わりました。
APIの規約が変わる。料金体系も変わる。
無料で運用することが難しくなっていく。

以前はできていたことが、同じ形ではできなくなる。
無料で回せていたものに、費用がかかる。
自動化のハードルが上がる。
その時、私は思いました。

これでは、ちりつもにならない。

小銭を積み上げたいのに、その前に使用料で削られる。
10円を拾うために30円かかるなら、それはもう仕組みではありません。
赤字を自動生成しているだけです。
ここで、小さな不労所得への道は一気に細くなりました。

もちろん、最初から分かっていたことがあります。
ルールの中で戦っても、ルールを作る人には敵わない。
Xというプラットフォームの上で何かをする以上、最終的なルールを決めるのはX側です。

こちらがどれだけ工夫しても、仕様を変えられたら終わる。
料金を変えられたら前提が崩れる。
ログイン制限をかけられたら、こちらは待つしかない。
店の中でどれだけ上手に立ち回っても、店主が閉店すると言えば終わりです。

テーブルの上のゲームにどれだけ詳しくなっても、盤面ごと片づけられたら何も残りません。
それは分かっていました。
分かっていたのですが、それでも諦めきれませんでした。

ここが、人間の面倒くさいところです。

頭では分かっている。
でも、感情はまだ納得していない。
そこで私は、ふと思いました。
ChatGPTがあるじゃないか。

自分ではコードを書けない。
けれど、AIと対話しながらなら、もう一度作れるのではないか。
外注しなければ届かなかった場所に、自分の手で近づけるのではないか。
最初は、外注したbotの解析から始めました。

この仕組みはどうなっているのか。
同じようなものを作れないか。
イーロン・マスク以降に強まった規制を回避できるような方法はないのか。
そうやってChatGPTに聞きました。

作れるのか、と。

ChatGPTは、作れると言いました。
その一言で、私の中にまた火が入りました。
今思えば、ここには危うさもありました。
AIの「できます」は、時に麻薬のようです。

できるかもしれない。
やってみましょう。
別の方法があります。
回避策を考えましょう。
その言葉は、挑戦する人間の背中を押します。

同時に、引き返す判断を鈍らせることもあります。

不労所得を目指して、毎晩労働していた

そこから毎晩のように、ChatGPTとのディスカッションが始まりました。
今思えば、この時間は本当に楽しかったのだと思います。
私は本来、試行錯誤が好きなのでしょう。
動かなかったものが、ある瞬間に少し動く。

昨日まで分からなかったエラーの意味が、急に見えてくる。
真っ暗だった画面の奥に、細い道が見える。
ここを直せば進むかもしれない。
そう思える瞬間がありました。

コマンドを打つ。
ログを見る。
エラーを読む。
意味は完全には分からない。
それでも、ChatGPTに聞きながら直していく。

そして、昨日まで止まっていたものが動く。
Googleスプレッドシートから投稿予約が作られる。
画像フォルダから画像が選ばれる。
アフィリエイトURLが差し込まれる。

Windowsのタスクスケジューラで定期実行される。
少しずつ、形になっていく。
この過程は、しんどいだけではありませんでした。
むしろ、かなり楽しかった。

不労所得を作ろうとしていたはずなのに、実際には「作ること」そのものに熱中していたのかもしれません。
皮肉な話です。
楽をするための仕組みを作ろうとして、毎晩手を動かしている。
不労所得を目指して、ものすごく労働している。

でも、その矛盾が嫌ではありませんでした。
なぜなら、その先に希望があったからです。
これがうまく動けば、小さな収益が生まれるかもしれない。
無料で回せれば、ちりつもになるかもしれない。

10円が生まれれば、0円とは違う世界に行けるかもしれない。
その希望があったから、エラーを読むことも、設定を直すことも、続けられたのだと思います。

画面の上では成功、現実では沈黙

やがて、XActionsという存在を知りました。
公式APIが有料で厳しいなら、別の道はないのか。
ブラウザ操作を自動化するような方法で、無料運用の道は残っていないのか。
XActionsは、私にとってその細い道に見えました。

プロフィールは取得できる。
コマンドは通る。
投稿キューは作れる。
スプレッドシートの管理もできる。画像も選べる。
見た目には、もう少しで橋が架かりそうでした。

ところが、最後の最後で壁にぶつかりました。
XActions用のブラウザでログイン制限が出る。
投稿欄が見つからない。
completed と表示されるのに、実際には投稿されていない。

投稿されていないのに、シート上では POSTED になってしまう。
いわゆる偽POSTEDです。
この偽POSTEDという言葉が、妙に象徴的でした。

投稿したことになっている。
でも、実際には何も出ていない。

画面の上では成功。
現実では沈黙。

これは、今回の試行錯誤そのものに近かったのかもしれません。
できそうに見える。
進んでいるように見える。
あと少しに見える。
でも、現実のXには投稿されていない。

技術的なトラブルとしては、ある程度想定していました。
こういうものには、トラブルがつきものです。
ログイン制限もあるでしょう。仕様変更もあるでしょう。
動いていたものが急に動かなくなることもあるでしょう。

そこは、ある意味で受け入れていました。
本当にこたえたのは、そこではありません。
無料で抜ける道が、思ったよりずっと細かったこと。
ChatGPTの判断が途中から揺れているように見えたこと。

そして、不労所得への期待がまた遠のいたこと。
この三つでした。

私がChatGPTに求めていたのは、優しい相づちではありませんでした。
「いけます」でもない。
「大丈夫です」でもない。
こちらの期待に合わせた励ましでもない。

欲しかったのは、フラットな判断でした。
できるのか。できないのか。
一度動くことと、安定して動き続けることは別なのか。
無料で抜ける道は、本当に本命にしていい道なのか。

そこを、熱を持った私の代わりに冷たく見てほしかったのです。

AIに期待していたのは、魔法ではありません。
万能の解決策でもありません。
むしろ、自分では見えない盲点を補ってほしかった。
熱くなっている時に、水を差してほしかった。

希望を持つことと、見通しを甘くすることを分けてほしかった。
その部分が揺らいだ時、私は少し冷めました。
そして同時に、自分にも冷めました。
結局、自分もまた「できる」と言われたかったのではないか。

フラットな判断が欲しいと言いながら、どこかで都合のいい抜け道を探していたのではないか。
そう思うと、少し苦くなります。

希望がなければ、試行錯誤はまずくなる

ただ、不思議なことに、完全に諦めたわけではありません。
不労所得への憧れは、まだ残っています。
今回の件で、簡単ではないことは改めて分かりました。
無料自動化は、想像以上に細い道でした。

プラットフォーム依存の怖さも分かりました。
AIと一緒に作れば何でもできる、というほど甘くないことも分かりました。
それでも、私はまだ思っています。
10円でも自動で稼げる状態には価値がある。

それは変わっていません。
ただ、見え方は少し変わりました。
不労所得とは、何もしないで得るものではない。
むしろ最初に、かなりの労働がある。

検証がある。
失敗がある。
撤退判断がある。
そして何より、希望が必要です。

希望があれば、試行錯誤は楽しくなります。
動かないものを動かそうとする時間。
意味の分からないエラーを追う時間。
同じところを何度も修正する時間。

夜な夜なChatGPTとやり取りする時間。
そこに希望があれば、苦行ではありません。
でも希望がなければ、同じ作業は一気に味を失います。

希望がなければ、試行錯誤は塩気のないまずい料理になる。

材料はある。
手間もかけている。
見た目も料理らしい。
でも、肝心の味がない。

そんな作業を続けることはできません。
もし同じように無料自動投稿でアフィリエイトや小さな不労所得を作りたいと思っている人がいるなら、私はこう言うと思います。

難しいことは、最初から分かっておいた方がいい。

無料という言葉を、そのまま信じない方がいい。
技術的にできることと、安定して続くことは違う。
一度動くことと、毎日動くことも違う。

そして、ルールを作る側には勝てない。

それでも、希望があるなら試してみてもいいと思います。
試行錯誤が好きなら、失敗にも意味があります。
動かなかったものが少し動く瞬間には、確かに喜びがあります。

ただし、希望だけで走ると時間を失います。
現実だけを見ると、何も始められません。
その間で、どう折り合いをつけるか。

今回のXボット作成は、私にとってその問いそのものでした。

結局、思い描いたような着地にはなりませんでした。
無料で完全自動化し、Xが勝手にセールスして、小銭が積み上がっていく。
そんな都合のいい仕組みには、少なくとも今回は届きませんでした。

でも、この試行錯誤が何も残さなかったかと言えば、それも違います。

私は、自分が何に惹かれていたのかを知りました。
お金だけではありません。
もちろんお金は欲しい。10円でも稼げることには意味がある。

けれど、それだけではありませんでした。

動かないものが動く瞬間。
視界が開ける瞬間。
自分にはできないと思っていたことに、AIと一緒なら少し近づけるかもしれないという感覚。

その高揚感が、確かにありました。

だからこそ、失望も大きかったのだと思います。
希望があったから、楽しかった。
希望があったから、こたえた。
希望があったから、まだ完全には捨てられない。

不労所得という言葉は、今でも私を少しだけざわつかせます。

馬鹿げていると言われれば、そうかもしれません。
甘いと言われれば、そうかもしれません。
でも、0円と10円の間にある川を、私はまだ見つめています。

どう渡ればいいのか。
渡れるのか。
そもそも渡る価値があるのか。

その答えは、まだ出ていません。

ただ一つだけ分かったことがあります。

希望があるうちは、人は試行錯誤できます。
そして試行錯誤した時間は、たとえ収益にならなくても、文章にはなる。

これは負け惜しみかもしれません。

でも、負け惜しみすら文章にできるなら、完全な負けではない。
そう思いたい自分がいます。

今回のXボットは、小銭を生む仕組みとしては未完成でした。
予定していた不労所得ではありません。
狙っていた収益でもありません。

それでも、何も残らなかったわけではない。

そう言い聞かせながら、私はまだ、0円と10円の間に流れる川を眺めています。

 

 

続編として、ChatGPTの「できます」という言葉との距離感についても書きました。
「ChatGPTの『できます』は、時に麻薬のようです」

 

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