人生カウント2.9! -山崎篤史-

プロレスが趣味の五十路突入直前薬剤師、山崎篤史が日々生きていくうえで感じたこと、考えたことを書いてます。果たして五十路に光はあたるのか!

職場から見た風景で癒されました。

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毎日何となく(張り切っていったほうがいいんですけど)出勤して、何となく職場から見える風景を何となく見てたんですけど、発見してしまいました。

 

 

 

何を発見したかって?

 

 

たいした発見じゃないのかもしれませんが、自分にとってはたいした発見でした!

 

 

 

職場の目の前は小さな公園です。周りには木々が生い茂っています。

この季節落ち葉でいっぱいです。でも落ち葉が綺麗に片付けられていて割と綺麗なんですね。

 

 

 

 

竹製の熊手を持ったおじさんが木々の周りをせっせと掃いて回っていました。

 

その光景を見ていて考えてしまいました。

 

なんて有意義な時間の使い方なんだろうって単純に思いました。

 

この方はただ単に公園の管理者で報酬をいただいておこなっているのかもしれません。

あるいはボランティアで行っているのかもしれません。

仮に報酬は発生しているとして、報酬をもらっているから掃除をするのは当然のことではあります。仕事なんだから。。。それでも単純に公園が綺麗になるって気持ちがいいものです。

 

そういえば、公園を掃除するのに金をもらうなんてけしからんっていう方がたまにいますよね。これってどうしてそんな思いになるんでしょうか?自分にはさっぱりわかりません。日本人って無報酬で行う行為は素晴らしいって思っている方が割と多いと思います。

 

逆にお金目的で掃除してもいいんじゃないかって思います。

皆さんはどう思われるんでしょうか?

 

報酬をもらうことがそんなに悪いことなんでしょうか?

もし、そのようなことをいう方は会社に行って仕事をただで行っているんでしょうか? そうじゃないと思いますよ。

 

会社の給料はもらうことが前提であるなら公園掃除も、もらうこと前提で何ら問題ないはずです。しかも掃除をした人は収入を得る。公園を見る人、訪れる人は気持ちよく利用できる。支払う方(ここでいうなら役所かな?)は公園が綺麗になって助かるからその対価として支払う。誰が損するんだろう?

 

対価をいただいて奉仕作業をするひとを偽善者って言うのであれば、言った人って偽善者じゃないのだろうか?

 

話は逸れたんだけどみんなが気持ちよくなることをするっていいですよねって事が言いたかったんです。

どうせならみんなが喜ぶことをしたいです。これも自己肯定感の向上になりますね。

 

 

 

追伸:お昼過ぎに軽トラで落ち葉を集めていたのでジュースを持ってお話を聞きにいきました。軽トラ出しているので仕事かなって思ったんですが、完全なボランティアでした。みんなが喜ぶことをするのはいいですね。癒しをいただきました。