
「問題点が自分以外にあると考えるのなら、
その考えこそが問題だ」。
スティーブン・R・コヴィー
朝の満員電車で、心の中に不満が渦を巻きます。
上司、部下、顧客、景気、家庭。
外側に原因を探すほど、体はこわばります。
息は浅くなり、視野は狭くなる。
けれど、この一行はスイッチです。
視点を内へ返した瞬間、景色が変わります。
「わたしにできる最小の一手は何か」。
たったそれだけで、舵は切れます。
ここから、話を始めます。
なぜ「外側」に問題を見ると、成果が遠のくのか
組織で忙しく働くと、原因は外で見つかります。
会議が多い、情報が遅い、人手が足りない、価格が合わない。
その見立ては現実の一部です。
しかし、そこに留まるほど、手は止まります。
コヴィーが言うのは、外的要因の否定ではありません。
「外を変える力」は、内側からしか湧かないという順序です。
(『7つの習慣』で彼は“インサイド・アウト”と述べます。)
心理学では「統制の所在(Locus of Control)」が語られます。
結果を自分の働きかけで動かせると信じるか。
運や他者に左右されると見るか。
この感覚は行動量、学習速度、ストレス耐性に影響します。
「内的統制」が強いほど主体的になりやすい。
逆に「外的統制」だけが強いと、無力感が増します。
外側に原因を見る癖は、責任転嫁ではありません。
むしろ、防衛本能の自然な反応です。
ただ、ビジネスの時間は有限です。
「外に向けた嘆き」に時間を与えるほど、成果は遅れます。
だからこそ、視点の先頭に「自分の影響圏」を置く。
ここからが、実務としての逆転です。
コヴィーはこう言い切ります。
「Every time you think the problem is 'out there,' that very thought is the problem.」。
日本語にすれば、冒頭の一行です。
物語で腹落ちさせる:コヴィーの「芝生」と“インサイド・アウト”
コヴィーは著書で、子どもに自宅の芝生の世話を任せた話を記します。
結果が悪い日もあります。
水やりが足りず、芝は黄色くなる。
そこで怒鳴らず、責任の「所有権」を子どもに置き直します。
「芝生は君の仕事だ。何をする?」。
子どもは考えます。
ホースを点検し、時間を決め、必要な助けを求める。
外を責めるのをやめ、内に手綱を戻した瞬間。
行動は自発になります。
この小さな物語は、職場にそのまま置き換えられます。
プロジェクトで遅延が出たとしましょう。
ベンダー、上長、承認フロー、いずれも事実です。
けれど、最初の一手は外ではなく、内です。
「わたしの影響圏で、いま変えられる条件は何か」。
会議の議題を10分前に再送する。
合意文書の2行要約を先に出す。
仕様を“差分”で出し、赤入れ時間を半分にする。
小さくとも、影響の起点は戻ります。
これは精神論ではありません。
条件付き最小手で、確率を上げる実務です。
よくある誤解をほどく
「内省してばかりでは前に進めない」。
誤解です。
“内省”はブレーキではありません。
正しい内省は「問題の定義を研ぐ」工程です。
原因を自分に押し付けることではありません。
「外」も「内」も並べて見ます。
ただ、着手の起点を内に置く。
これがスピードを生みます。
もう一つ。
「全部が自己責任」でもありません。
責任の所在を整理し、共同の再設計に進みます。
そのための“最初の一歩”を、自分に置く。
それだけです。
明日からの“内から外”実装
ここからは、実務の手順です。
机の上で終わらない、最短経路に絞ります。
1)90秒の「影響圏マッピング」
紙を横にして、中央に課題を書きます。
左に「影響できること」、右に「関心はあるが影響しにくいこと」。
90秒で書き切ります。
迷う時間を与えません。
左側に指を置きます。
その中から、10分でできる一手を三つ選びます。
メールの件名を「要点→期日」で書き直す。
資料の先頭に“3行要約”を入れる。
意思決定者に「Yes/Noで返せる設問」を用意する。
選んだ三つを、今日中に打ちます。
完璧を目指しません。
「打点」を増やします。
2)5Whysで“自責化”ではなく“自力化”
遅延の原因を、5回“なぜ”で掘ります。
例。
納品が遅れた。
なぜ?
レビューが長引いた。
なぜ?
論点が多かった。
なぜ?
資料に優先順位が無かった。
なぜ?
目的と評価基準が曖昧だった。
なぜ?
期待アウトカムを冒頭で固定しなかった。
ここで、内側の一手が浮かびます。
次回から「目的/評価軸/差分」を冒頭固定。
他者の行動を責めず、次の自分の打ち手に落とす。
これが“自力化”です。
3)OODAで「遅い正しさ」より「速い仮説」
Observe(観察)。
現状の事実を短く書きます。
Orient(状況判断)。
制約と資源を並べます。
Decide(決める)。
10分で打てる打ち手を一つだけ選びます。
Act(動く)。
今日のカレンダーに15分枠を確保。
実行→反省まで入れます。
翌日にOODAを再起動。
小刻みに回すほど、外側の条件も動きます。
4)If–Thenプランニングで実行の摩擦を消す
「もしAが起きたら、Bをやる」と決めます。
例。
「もし会議が脱線したら、議題に戻る合図として“論点は二つです”と宣言する」。
脳はトリガーに反応します。
瞬発力が上がり、迷いが減ります。
5)意思決定の透明化:ミニAAR(After Action Review)
会議の最後に三問で締めます。
「何が狙いだったか」。
「何がうまくいったか」。
「次は何を変えるか」。
3分で十分です。
責める時間ではありません。
「次の一手」を言語化します。
6)影響を増やす習慣:2分“差分メール”
資料を送るときは、冒頭に“差分”を書きます。
前回との変更点を三つ。
背景、狙い、依頼事項を一行で。
受け手は判断が速くなります。
結果、プロジェクト全体の速度が上がります。
外側の遅さを、内側から削ります。
7)週次の「影響ログ」
週末に10分、ログを取りましょう。
自分の一手で動いた事実だけを書きます。
小さくていい。
「誰に」「何を」「どう変えたか」。
積み上げた“影響の証拠”は、自信の根になります。
迷いが減り、次の挑戦に踏み出せます。
現場の景色を変える比喩:バッターボックスの一歩
打席に入る直前、スパイクが土を噛みます。
視界の端は、ざわつきます。
審判、投手、観客、風の噂。
けれど、打てる場所は一つです。
ホームベースの上、バットの芯。
外のざわめきを消すのではない。
「いま、わたしが届く点」を一点に絞る。
スイングは、ここから鋭くなります。
ビジネスの現場も同じです。
外側の重力を認め、内側の一点に力を載せる。
その反復が、流れを変えます。
反証への向き合い方
「外的要因が大きすぎる時は?」。
あります。
規制、天候、相場、災害。
変えがたい現実は確かにあります。
だからこそ、二段構えにします。
第一段は、影響圏の最小単位。
文面、順番、図解、相手の負担の減らし方。
第二段は、影響圏の拡張。
渉外、連合、情報開示、パートナー選定。
内から外へ。
順序を守れば、外に触れる手は増えます。
“内→外”は、我慢の号令ではありません。
最短で事態を動かす、実務の最適解です。
内から外へ、今日の一手で「流れ」を変える
外にある壁は、消えません。
けれど、壁の前で立ち止まる理由もありません。
コヴィーの一行は、姿勢の宣言です。
まず、影響圏に指を置く。
10分で打てる一手を選ぶ。
翌日、また一手を重ねる。
この繰り返しが、評価を変えます。
信頼を積み、裁量を広げ、成果を加速させます。
読者のみなさんへ。
今日は、何に指を置きますか。
会議の冒頭3分。
メールの件名と要約。
意思決定の設問の形。
小さく、すぐ、具体的に。
では、始めましょう。
いま、あなたの一手から。
